ホワイトカラー・エグゼンプションのニュース

以前は割と、長時間労働をしていた関係で、『ホワイトカラー・エグゼンプション』についてはアンテナを張っていました。

 

というのは、「裁量なき長時間労働に追い込まれたら割と本気で嫌だなぁ」と心配していたためです。

 

いまでは、働き方を変えたので、あんまり気にしていませんでしたが、興味深いニュースが入ってきました。

 


以下、産経ビズから引用です。

 一定水準以上の収入がある会社員を対象に、政府が週40時間が上限といった労働時間の規制を適用しない「ホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間の規制除外制度)」の実験的な導入を検討していることが14日、分かった。

 年収800万円を超えるような課長級以上の社員を想定しており、一部の大企業で特例的に認める方針。経済産業省によるとトヨタ自動車や三菱重工業など数社が導入を検討しているといい、仕事の繁閑に応じた柔軟な働き方の実現による生産性向上を狙っている。 

 生産性向上という錦の御旗

と、この記事を見て一番最初に思った事は「生産性向上っていうけど本当かな?」という事です。

 

生産性って、インプットに対するアウトプットの比率を表している言葉だと思うのですが、この手の記事って単に『生産性の向上』っていうんですよね。

 

という事は、『生産性向上』ってキーワードは、何に対する生産性の向上であるかを言っていないんですよ。

 

例えば、今まで2時間かかった仕事が1時間で済んだら、『時間あたり』の生産性は2倍になっていますよね?

 

また、今まで2人でやっていた仕事を1人でできたら、『投入人員あたり』の生産性は2倍です。

 

このほかには、今まで1万円の人件費で売上が2万円だったところを、人件費を5千円にできれば『人件費あたり』の生産性も2倍になります。

 

では、今回の『ホワイトカラー・エグゼンプション』はなにに対しての生産性向上を目指しているんでしょうか?

労働生産性

良く使われる生産性の指標に、『労働生産性』があります。この指標は労働力(労働時間)の投入に対してどれだけの成果を出したか?を示す指標です。

 

それなので、労働時間を増やして成果が増えても、生産性という観点では向上していません。

 

ただ、生産性という観点には労働時間という観点のほかに、上のように人件費と絡めて考える見方もあります。

 

そして、こちらの見方であれば、賃金を増やさずに、労働力の投入量を増やせれば生産性は向上します。(企業の株主とかにとっては、こっちの方が大切な指標ですよね?)

本当に労働時間当たりの生産性を向上させたいの?

さて、問題はここで、『ホワイトカラー・エグゼンプション』は労働時間当たりの生産性の向上を狙っているのかどうかという事です。

 

もちろん、偉いお役人さんはこの辺は上手くぼかして「その通りです。裁量を持って自由に働ければ、労働時間当たりの生産性が増えるのです。」と言うと思います。

 

そして、たぶん「本当に裁量を持って自由に働ければ、労働時間当たりの生産性は向上すると思います。」

 

だって、自分の権限で労働時間を決められるんですから、生産性が最も上がる働き方をしますよね?

 

(言い換えると、さっさと仕事を終わらせてプライベートも充実させるか、更に仕事に投入する時間を増やしてより多くの成果を目指しますよね。)

 

でも、『現実的に』職場の強い同調圧力をはねのけて、「今日は仕事が終わったんで午前中だけど帰ります!」みたいな事を実施できますか?

 

なんだか、色んな人が懸念している通り、「単純に時間外労働という概念が無くなって、残業代が出なくなるだけじゃないの?」みたいな結果になりそうではないですか?

人件費当たりの生産性は向上する

やはり、実際にこの『ホワイトカラー・エグゼンプション』が実施されたときに、労働時間当たりの生産性は割と無視されそうです。

 

但し、時間当たりの生産性は下がったとしても、「なんか時間当たりの生産性は下がったけど、企業業績は向上したからいいよね?」みたいな結果にはなりそうです。

というか管理職ってそもそも

というか、労働基準法的には、『管理職』ってそもそも、非常に高額なお給料をもらっていて、大きな裁量を持っていて(会社の方向性に影響を与えられるレベルの権限です)、さらに労働時間で管理するのにそぐわない仕事内容であるため労働時間の規定が除外されているんですよね。

 

(それなので重役出勤をしてもお給料は減らないですし、逆にどれだけ多く働いても割増賃金も支払わなくていいという考え方なんです。)

 

以前問題となった名ばかり管理職は、この要件を満たさない人たちに管理職の肩書だけ与えて「キミは管理職なんだから割増賃金を出しませんよ!」とやったんですよね。

結局のところ

なんだか、「『管理職』の要件から、ふさわしい処遇と、大きな裁量の要件を除いた人たちも、労働時間の管理をしなくていいよ」とするといったことが、この『ホワイトカラー・エグゼンプション』の狙いのような気がするんですよね。

 

そうではなく、『時間当たりの生産性』についても本気で考えていかないと、本当に豊かな国ってなかなか作っていけないと思うのです。

 

やはり、個人個人が豊かで強くなってこそ、豊かで強い社会を実現できると思うんですよね。

 

みなさまはどのように考えますでしょうか?